近年、リモートワークや「デジタルノマド」と呼ばれるライフスタイルが世界的な注目を集めています。この現象は、フレキシブルな働き方やモビリティに対する人々の考え方が大きく変化していることを象徴しています。デジタルノマドという言葉からは、海辺のリゾートや海外のカフェでパソコン一つを使いながら働くエキゾチックなイメージが想起されがちですが、実際の姿は地域や文化によって多様です。
とりわけ、日本のように従来からの厳格な上下関係やオフィス中心のビジネス文化が根強い国では、リモートワークやフリーランスといった新しい働き方は、欧米でイメージされるものとは異なる形で浸透しつつあります。日本企業の多くは先端技術に力を入れている一方で、対面でのコミュニケーションや伝統的な企業構造、従来の働き方の維持を重視する傾向があります。しかし、コミュ ニケーションツールやファイル共有、プロジェクト管理ソフトなどが普及し始める中で、「どこでも働ける」環境が徐々に受け入れられつつあるのも事実です。では、日本の労働者自身はリモートワークやデジタルノマド、フリーランスというスタイルをどのように感じているのでしょうか。また、具体的な課題や文化的な背景はどのように影響しているのでしょうか。
こうした疑問に答えるため、2025年1月に日本国内の47都道府県を対象に、2段階のアンケート調査を実施しました。第1段階のスクリーニング調査では、20歳以上60歳以上までの1,000名(男性65%、女性35%)を対象に、リモートワークやフリーランス、デジタルノマドに関する一般的なイメージや知識、意識を調査しました。続く第2段階のフォローアップ調査では、スクリーニング調査でフリーランスやデジタルノマドとしての経験があると回答した100名(男性69%、女性31%)に対し、より具体的な経験や課題、将来の展望を尋ねています。
これら2つの調査から見えてきたのは、日本におけるリモートワークやフリーランス、デジタルノマドに対する期待と課題の両面です。本記事では、日本独自の文化的要因や組織構造が新しいワークスタイルにどのような影響を及ぼしているのか、そしてそこに秘められた可能性について考察します。
調査方法
調査設計と参加者の選定
スクリーニング調査(有効回答者1,000名)
第1段階の調査では、日本国内の20歳以上60歳以上までの1,000名を対象にスクリーニング調査を実施しました。本調査では、リモートワークやフリーランス、デジタルノマドに対する一般的な認識やイメージを広く把握することを目的としています。
フォローアップ調査(有効回答者100名)
スクリーニング調査の回答者のうち、実際にフリーランスあるいはデジタルノマドとして働いた経験があると回答した100名を抽出し、第2段階としてさらに詳細なフォローアップ調査を行いました。本調査では、収入、労働時間、直面している課題、デジタルツールの利用状況、業種など、より具体的かつ実務的な側面について尋ねています。
【スクリーニング調査(回答者1,000名)】
質問1:
デジタルノマドとは、ITを活用して、旅をしながらリモートで働くライフスタイルを指します。このライフスタイルについて、ど のように感じますか?一番近いものを選んでください。
「無関心または特に意見がない」と回答した割合が最多(34.2%)
「興味深いが、多くの人にとって実用的ではないかもしれない」(26.5%)
「このライフスタイルについて十分に知らない」(22.7%)
「エキサイティングで現代的な働き方だと思う」(7.7%)
「不安定で困難な働き方のように感じる」(8.9%)
全体としては、デジタルノマドという働き方に対して慎重・消極的な姿勢がうかがえます。日本社会に根強く存在する安定志向や伝統重視、社会規範への配慮が、こうした回答に影 響している可能性があります。
質問2:
現在ではリモートワークツールやデジタルプラットフォームにより、どこからでも働くことが可能になりました。これが日本の職場文化にどのような影響を与えたと思いますか?あなたの意見に一番近いものを選んでください。
「企業にとって機会を生み出すと同時に課題も生んだ」(25.5%)
「柔軟性や革新性など、働き方が向上した」(19.4%)
「日本の職場文化に大きな影響は与えていない」(11.1%)
「職場の規律や協力関係など、悪影響を与えた」(5.0%)
「よくわからない」と回答した割合が最も大きく、全体の約39%
リモートワークツールが日本の職場文化に与える影響については、肯定的・否定的な意見を含め、さまざまな見解が見られます。特に大きな割合を占める「わからない」という回答は、こうしたツールに対する理解や実際の利用経験の不足を示していると見られます。
質問3:
デジタルツールにより、どこからでも仕事をすることが可能になりました。このトレンドの最大の利点は何だと思いますか?
「働く人々のワークライフバランスの改善」と答えた層が最も多く、25.9%
「通勤時間やオフィス関連の費用の削減」(24.1%)
「住む場所を選べる自由」(16.9%)
「世界的な仕事への機会向上」という回答は5.3%と最少
一方、「特に利点を感じない」とする回答が27.8%と、全体の4分の1超
男性は、女性よりもコスト削減に対してよりポジティブな見方をする傾向がやや見られます。
質問4:
ITを活用して、旅をしながらリモートで働くというデジタルノマドのライフスタイルについてですが、このライフスタイルの最大の課題は何だと思いますか?
「安定性や長期的な保証の不足」(19.7%)
「職場でのサポートや協力体制の制限」(17.3%)
「人間関係の維持の難しさ」(17.2%)
「勤務時間や時差の管理の難しさ」(16.6%)
「よくわからない」(28.4%)
デジタルノマド特有の課題として、安定性やサポート体制、人間関係、そして時間管理といった面での懸念が挙げられており、回答者の多くが一定の不安や不透明感を抱いていることがうかがえます。
質問5:
日本政府がリモートワークやデジタルノマドのライフスタイルを支援する政策を採用することはどのくらい重要だと思いますか?
「ある程度重要だと思う」(27.8%)
「中立」(26.8%)
「よくわからない」(26.6%)
「重要ではない」(12.6%)
「非常に重要だと思う」と考える層は6.2%と少なめ
全体的に見ると、リモートワークの推進に対する政府の支援政策を積極的に求める意見はそれほど多くなく、日本社会ではリモートワーク自体が必ずしも広く受け入れられていない現状がうかがえます。これはオフィスへの出勤を重視する企業慣行とも大きく関係している可能性があります。
質問6:
日本の従来の職場文化は、人々がリモートワークやフリーランスのライフスタイルを選ぶことを難しくしていると思いますか?
「そう思う」(17.5%)
「部分的にそう思う」(39.2%)
「思わない。日本の職場文化はより柔軟になってきている」(15.9%)
「思わない。リモートワークはもともと日本の職場文化に合っている」の回答はわずか3.2%
日本の伝統的な職場文化がリモートワークを阻害していると認識しているのは全体の56.7%でした。一方で、職場文化の柔軟化や、もともとの日本の職場文化との適当性を感じるとの回答は少数にとどまり、これまでの調査結果とも整合性が見られます。
質問7:
リモートワークの普及により、一部の人々はより良いワークライフバランスを求めて海外での生活を検討する ようになりました。この選択を考える日本の労働者にとって、最大の障壁は何だと思いますか?
「日本国内でのリモートワークに適した仕事の不足」との回答が最多(30.5%)
次いで、「言語の壁や文化の違い」が26.8%
「経済的またはビザに関連する課題」といった要因は10.2%と比較的低率
「特に大きな障壁はないと思う」(18.6%)
全体として、海外に移住してリモートワークを行いたいと考えても、日本企業を雇用主またはクライアントとする場合には、その実現に向けて十分な求人や環境が整っていない現状が浮き彫りになりました。
質問8:
リモートワークやフリーランスの仕事は世界的に一般的になりつつあります。日本のこれらの変化に対する適応性についてどう思いますか?最も近いものを選んでください。
「適応のための進展はあるが、時間がかかっている」(36.2%)
「適応のための進展は特に見られない」(22.5%)
「従来の働き方がますます見直されてきている」(14.2%)
「日本は現代的な働き方のトレンドを素早く取り入れている」はわずか4%
全体としては、約22%が「進展は特に見られない」と答え、また36%が緩やかな進歩はあると認識しており、依然として日本の職場文化においてはリモートワークに対して慎重な姿勢であることがうかがえます。
質問9:
より多くの日本人労働者がフリーランスやリモートワークを検討するようになるために最も必要なものは何だと思いますか?
「柔軟な働き方の利点に対する意識の向上」と回答した割合が最多(26.9%)
「改善されたインターネットインフラおよび技術」が次点(17.3%)
「リモートワークの機会拡大」との回答(16.1%)
「どれも特に効果はない」と考える層が26.3%にのぼり、依然としてフリーランスやリモートワークの働き方に対して消極的な意見が強いことがうかがえます。
質問10:
デジタルノマドやフリーランスとして働いた経験がありますか?当てはまるものを全て選んでください。(複数回答可)
「どちらの経験もない」と回答した層が大多数を占め、79.9%
経験者の内訳としては、「日本でフリーランスとして働いている、または働いた経験がある」が10.9%、「日本でデジタルノマドとして働いている、または働いた経験がある」が4.7%
海外での経験者もわずかにおり、「日本国外でデジタルノマドとして働いている、または働いた経験がある」が4.0%、「日本国外でフリーランスとして働いている、または働いた経験がある」が2.7%
参考として、米国の最近の調査では回答者の11%がデジタルノマドを自認しているという結果もあり、それと比較すると日本のデジタルノマド経験者の少なさが見てとれます。
【フォローアップ調査(回答者100名)】
「スクリーニング調査」においてフリーランスまたはデジタルノマドとしての実務経験があると回答した100名を対象に、より具体的な就業実態を把握するためのフォローアップ調査を実施しました。本調査では、実際にどの場所で働いていたのか、週あたりの就業時間、収入の水準など、より実務的・現実的な視点からデータを収集しています。
質問1:
事前調査でデジタルノマドとして、あるいはフリーランスとして働いている、または働いた経験があると回答された方にお伺いします。フリーランスまたはデジタルノマドとして、主にどこで働いていますか?または働いていましたか?
「日本国内の自宅から」が最多の79%
「日本国内の事務所から」(12%)
「日本国内のコワーキングスペースから」(3%)
「日本国内のカフェや公共の場所から」(3%)
「日本国外から」(1%)
デジタルノマドやフリーランスとして働く人々のうち、国内でリモートワークを行うケースが大半を占めていることがわかります。
質問2:
フリーランスまたはデジタルノマドとして(働いていた当時)の月収はおおよそいくらですか?
「¥200,000未満」が最多の38%
「¥200,000以上、¥500,000未満」(27%)
「¥500,000以上、¥800,000未満」(8%)
「¥800,000以上」(2%)
「答えたくない」(25%)
全体的に見ると、月収20万円未満という回答が最も多く、約4割のフリーランス・デジタルノマドは比較的低い収入帯に属していることがわかります。また、4分の1の回答者は収入を開示しておらず、フリーランスやデジタルノマドの収入事情は依然として多様で不透明な面があると言えます。